
ボランティアのみなさんから寄せられたボランティア体験の感想をご紹介します。
2002夏季ナショナルゲーム・東京に参加して
スペシャルオリンピックスとは、知的障害のある人たちが、色々なスポーツにチャレンジする団体です。
2002年の夏、8月15日から18日まで東京で、ナショナルゲームが行われました。日本からは、神奈川、宮城、徳島など、たくさんの県から、外国は、タイ、マカオ、香港、中国など1500人以上の選手が参加しました。
僕は、バスケットボールのお手伝いをしました。バスケットボールは、試合の他に、個人競技があります。個人競技は、的に当てて戻ってくるボールをとるのや、決められた場所から、ゴールに向かってシュートする種目などがありました。
僕は、10メートルドリブルのしんぱんのお手伝いをしました。僕が練習の時にタイムを計った時、4秒でしたが、一番早いアスリートも同じ4秒でとてもびっくりしました。
アスリートの中には、コースからはずれたり、両手ドリブルをしたり、トラベリングをした人もいたけど、みんなすごく良いタイムがでていました。僕は、こんなにもみんなががんばっていて、すごくうれしかったです。
他の競技のアスリートもとても上手くで、感心しました。
大会が終わって、アスリートや他のボランティアの人たちから、「手伝ってくれてありがとう。」と言われ、僕はすごくうれしかったです。
お父さんや妹もちがう会場でお手伝いをしていて、お父さんに会えたのは、閉会式の時でした。
お父さんから「少しは成長したか?」と言われ、「あたりまえだ。」と思いました。
ゲームに参加して、アスリートから、チャレンジする勇気をもらいました。
(文:米田周平)
2004冬季ナショナルゲーム・長野 フロアホッケー応援レポート

2004年2月27日~29日、長野で行われたスペシャルオリンピックス日本冬季ナショナルゲームにボランティアとして応援参加しました。初日の開会式会場のホワイトリング周辺に雪はなく、晴天。最終日の朝、少し雨が降りましたが、東京選手団は元気いっぱいでした。おそろいのブルーの帽子、マフラー、手袋でアスリート達の防寒は万全。みんなお似合いの帽子やマフラーのおかげでどこにいても目立っていました。
開会式の開始時刻に近づくにつれ、海外からの招待選手団や全国から集まった選手団が到着、地元の方や全国からかけつけたサポーターも続々と集まってきました。開会式にはkonisikiさんやkiroroも登場して、暖かい応援メッセージと、感動的な歌で大会の始まりを盛り上げてくれました。
2日目から競技開始。東京フロア-ホッケーチーム「WINTER CHALLENGERS」からは、9人のアスリートが個人スキルコンテストに出場しました。競技開始までの待ち時間の間、WINTER CHALLENGERSのアスリート達の表情は何だか緊張している様子。コーンの間にパスを通す種目では、感覚をつかめず苦戦しているようでした。きっとこの緊張感も、普段の練習では味わえない貴重な経験になったことと思います。
3日目になると大会の雰囲気にも慣れてきて、ファミリーやコーチ、たくさんのサポーターの声援を受けながらみんな思いっきり走って、練習の成果を発揮していました。ファミリーとコーチの応援も大盛り上がり。9人のアスリート達に負けないぐらい、会場中を走りまわり大声援を送り続けました。また、WINTER CHALLENGERSからは2名のコーチも審判として大会に参加、日ごろはいつも笑顔の二人もこの日ばかりは真剣な眼差しで競技を見守っていました。
本番に強いアスリート、他方、緊張やプレッシャーと精一杯戦いながらベストをつくしたアスリート。競技に全力でむかっていくアスリート一人一人の姿は、輝いてみえました。表彰台ではそれぞれがリボン、メダルを首にかけてもらって記念撮影。大切そうにメダルやリボンをしまうアスリートもいれば、首にかけたまま会場中を回って会う人会う人に嬉しそうに胸を張っているアスリートもいました。
閉会式では大会での思い出を胸に「世界に一つだけの花」を振りつきで大合唱。他のチームと再会の約束をして、会場を後にしました。アスリート達のあふれる笑顔に接し、ボランティアも自然に笑顔でいっぱいになる大変楽しい、そして貴重な体験をした大会でした。
(文:フロアホッケーボランティア・清水ちはる)