12月号(その2): 忘れえぬ日々―SON東京の想い出―
1994年SON東京設立に向け準備を進めていた初秋のある夜、細川佳代子さんより電話が入り、「設立総会の準備はほぼできたけれど、副理事長だけが決まらないの。貴女にお願いするから、よろしくね」「エー?それは困ります。何でもしますが、長と名のつくことだけはできません!」……あれやこれやのやりとりで夜も更け、ついに「これで私がOKをすれば、二人とも寝られるんですよね?」「そうよ!もし引き受けてくれれば、青山通りでもどこでも逆立ちして歩いてあげるから!!」「!?!?」
今も、あのときの彼女の生き生きとした、そして、心に決めたことはなんとしても実現させるんだという決意に満ちた、明るい声を忘れることができません。それから15年、今振り返ってたくさんの出来事の中から一つ選ぶとすれば、やはり、SO日本のその後のナショナルゲームに大きな影響を与えた「2002年夏季ナショナルゲーム・東京」の開催でしょうか。
ある日の宮内庁でのやりとり――「開会式に高円宮殿下と妃殿下のお成りをお願いしたいのですが、私たちにお金はありません。もしご臨席が適った場合、どれくらいの予算が必要でしょうか?」「いやいやご出席が決まれば公務としてお出ましいただくので、一切ご負担はかかりませんよ」
またある日のウォルト・ディズニー・インターナショナル・ジャパン社長室で――「開会式にミッキーマウス、もしできればミニーマウスも来てほしいのですが…」「良いですとも!!でも会場は?観客数は?…エッ!1万人近くの人が見るのであれば、それでは不十分です。本格的な20~30分のミュージカル・ショーにしましょう!」「あの~でもお金はないんです…」「いえいえ、これは会社のCSRとして提供するですから、舞台だけ作ってくだされば問題ありません」「ヤッター!!」夢のような開会式のアトラクションが決まった心躍る瞬間でした。
SON東京がここまで立派に成長したのも、支えてくださったボランティア、ファミリーの方々のお陰だったと感謝しております。これからも開かれた組織として、ますます発展していきますよう、祈念しております。
(ボランティア 三井嬉子)
▲1994年8月9日 東京YMCAで説明会を行った仲間たち
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▲1995年1月、初めてのSON東京の理事会が開かれた
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▲ボウリング会場にお成りになった高円宮殿下と久子妃殿下
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▲華やかなディズニーのステージ
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